1/26/2015

パリデコ・オフ


Paris Déco Off Janvier 2015

巷はまだまだ寒いけれど、パリは春のサロンのシーズンが始まりました。カラフルな布製の大ランプシェードが街角に下げられ、すっかり定着したインテリアファブリックのイヴェント、パリデコ・オフが、メゾン&オブジェ展と並行して開催されています。ファブリックだけでなくインタリア用の付属品や壁紙、カーペットなども集まり、見本市会場の外で、各自のショールムやギャラリーなどを使って、新コレクションをプレゼンするもの。主に右岸のマイユ通りと、左岸はサンジェルマンデプレ教会裏周辺に集まっています。
     
         
      
      
上はKarine Sajoという若いデザイナーのポップアップショールーム。中央のサンゴ(特に赤サンゴ)の刺繍のファブリックは最高、左の椅子とカーテンの生地もリッチでバロックでありながら重くなくステキでした。

1/22/2015

フランク・ゲーリー展/ ポンピドーセンター

グッゲンハイム・ミュージアム、ビルバオ 1991-97 スペイン

Frank Gehry au Centre Georges Pompidou

いつもの悪い習慣で、終了寸前になってしまいましたが、ルイ・ヴィトン財団美術館を作り話題集中のフランク・ゲーリー展に行ってきました。
会場入り口を入ってすぐ、まずフランク・ゲーリー(FG)のデッサンに眼を見張りました。流れるペンのライン・・ああこの人は、きっと建築家である前にまずアーティストなのだと思いました。



上はサンタモニカの自宅1977-78年。ルイ・ヴィトン財団のブログを書いた時に紹介しましたが、模型で全体を見られて、ますます好きになりました。インタビューで“バスルームからカリフォルニアの青い空が見れなかったので、ちょうど見える場所に穴を開けて窓を付けた”とか、“キッチンの大きな斜めのガラスには、外の景色や車のヘッドライトが逆さに映ってきれいだ”と語っていました。FGの建築に対する考え方の片鱗が覗けたようで、面白い! 
上記は実際には建てられなかったプロジェクト、トラクト・ハウス 1982年。FGは建物を1個の塊としてとらえず、幾つかに分かれたフォルムで構成。それは下のデッサンからもうかがえます。
EMR コマーシャル&テクノロジー・センター 1991-1995ドイツ
上の模型は、複数のフォルムが繋げられ、1つの建物を構成しているのが良くわかります。ビルバオのグッゲンハイム(写真トップ)や、ィズニーコンサートホール(写真下)など大きな建物でも、異なる複数のフォルムが組み合わさり、連結して1つの建物を構成しているのですね。またFGの建物はいつもムーブメントが感じら、硬直していません。
ウォルト・ディズニー・コンサートホール  1989-2003 ロサンジェルス
ナショナル・ネーザーランデン・ビルディング 1992-96 チェコスロバキア
上がデッサン、下が模型。2つの塔がダンスする男女に似ていると、FGはフレッド(アステア)とジンジャー(ロジャース)と名付け、簡単にダンシング・ハウスと呼ばれているそうです。FGは建物を、絵画や彫刻のようにデザインするのです。一番最初のイメージ用の模型には、フェルトや麻布を皺にして建物のフォルムを作ってみたり、溶岩のような黒い塊に窓を付けてみたりと、正に彫刻感覚のアプローチ。

さて中でも一番面白かったのは、親友のシドニ・ポラックが撮ったFGのドキュメンタリー。長いのですが、椅子が足りないと、みな床に座り込んで熱心に見ていました。FGとポラックの対話形式で、堅苦しい説明に終わらず、FGの人となりがとてもよくわかり、すっかりファンになりました

建築への姿勢、また人間としてFGのファンになっても、後期の巨大な建物は、私はやっぱりあまり好きにはなれません・・しかし、しかし、下写真は銀行、真ん中にあるのは、FGの馬の頭のデッサンから発展したフォルムで、模型を見た限りでは突飛で、なぜ?と思われますが、ドキュメンタリーに映し出された完成したビルは、巨大で素晴らしく美しく、馬の頭はアヴァンギャルドであっても、おかしくは見えません。このように、建物は模型でも彫刻でもなく、中に入り使ってみなければ本当の価値がわからないのです。ましてや平面の写真では表現しきれない・・ルイ・ヴィトン財団も、早く実物を見てこなければ!

1/19/2015

コロニアル・カフェバー、コントワール・ジェネラル


Le Comptoire Général au Canal Saint-Martin

スクーターやガラクタが雑然と置かれ、ネオンの矢印が無ければ倉庫としか思えないのが、コントワール・ジェネラルの入口。サン・マルタン運河沿いの通りをちょっと入った、緑の濃い中庭の奥にある、とびきりブランシェなカフェ/バー/ナイトスポット、+ヴィンテージ/エコロジー/エスニック/コンセプトショップとも言うべき、1つの名詞では表現できないマルチスペース。
一歩中に入れば、魔法のじゅうたんに乗って、そこは一瞬にしてどこか遠いアフリカの国・・・
植物が壁にまつわりつき、ランプの黄色い光、物憂げに流れる生演奏のシタールのような楽器の微かな音色、無造作に置かれた不思議な古いオブジェ達・・ノスタルジックなブランシェ・コロニアルスタイルと呼べばぴったりしそうな内装。
樽の上に無造作に置かれたヴィンテージ・ボトル、あちこちに昔の写真や映画のポスターも

元工場か大きなアトリエを改造したらしく、天井の高い広いバー、食事のできるカフェ、グリーンの中庭テラス、2階には面白い品揃えのヴィンテージやアフリカン・ショップ、そしてあちこちのコーナーや壁に無造作に置かれたブロカント、エスニックなコレクションなど、ここにある物は全部売り物なのです。
全電力は風力水力などのグリーンエネルギーのみ使用し、ムードのある黄色い光は、省エネも兼ねているのでしょうね。雨水利用、廃物利用、フェアトレードのコーヒーやアルコールなど、底辺はしっかりとしたエコロジー路線。週末は子供連れのボボがいたり、ヒップスター達は気取りが無く、なんとなく雑然としたインテリアのせいか、とてもいい居心地。
夜や週末は映画やDJが入った陽気なダンスや、色々なプログラムもあるので詳しくはサイト参照。
写真が全部暗いのは、冬の夕暮れ時に撮ったためで、日中はもっと明るいです。でもこれくらいのほの暗さの方が、ムード満点かも・・
Le Comptoire Général    80 Quai des Jemmapes 10e 

1/14/2015

パリ・マグナム展


Paris Magnum/ La capitale par les plus grands photoreporters

“最も偉大なフォトジャーナリスト達のパリ”と副タイトルの付いたマグナムの写真展が開催中です。マグナムは1947年に、アンリ・カルチエブレッソン、ロバート・キャパ、デヴィッド・シーモアらが創立した、世界最高と言われたフォトジャーナリスト集団。今回の展示は“パリ”がテーマ、ということはパリジャンが主役です。1932年~1944年の終戦までのマグナム以前、それ以後は10年毎に区切って現在までを、庶民の生活風景と共に、フォトジャーナリズムなので世界大戦、レジスタンス、ナチからのパリ解放、68年の5月革命、数々のストなど、戦うパリジャンの姿が多く展示されています。
 Robert Capa 1936
くわえタバコのこれぞパリジャン、外国人がイメージするであろうパリジャンそのままのクリッシェで、思わず顔がゆるむ写真。上下ともストライキの風景。 
 David Seymour 1936
 Bruno Barbey 1968 上下とも5月革命
Guy Le Querrec 1968 
Elliott Erwitt 1949
ボートレートばかり集めたコーナーがあり、写真としての美しさは勿論みな最高、加えて顔の美醜も写真家の腕次第なのがよくわかります。上はめずらしく美しく写っているボーボワール。バート・グリンのフランソワ―ズ・サガンも、ムードのある美人に撮れていました。セルジオ・ラランのジェラ―ル・フィリップ、フィリップ・ハルスマンのアンドレ・マルローは、両者とも土台も写真写りもいい男達なので、これはもう素敵すぎ!

私の好みの問題でもありますが、展示の最後の方、現代に近ずくほど写真に精彩が無くなり、特に1990年~2014年のコーナーは、写真が急激に様変わりして魅力が薄れます。パネルの説明には、大量に実況中継で入ってくるテレビの画像に押されて、フォトジャーナリズムの必要性が失われ、エージェントが次々に閉まり、写真のあり方も変わったとありました。

Paris Magnum  Hôtel de Ville 5 rue de Lobau 4e 3月28日まで

1/07/2015

破壊された旧帝国ホテル、ロイド館について


Old Imperial Hotel Tokyo by Frank Lloyd Wright 1921

元旦に今年壊される予定のホテルオークラについて書きましたが、その時“フランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテルも壊された”との記事があったので調べたところ、この“ライト館”と呼ばれていた旧帝国ホテルがあまりに素晴らしかったので、ここで取り上げることにしました。上の写真は辛うじて壊されなかった玄間ホールと手前の池、下はホール内部、愛知県犬山市の明治村に保存されているそうです。


内部は細部に至るまで斬新なアール・デコで、当時としては相当なアヴァンギャルドだったことでしょう。専門家ではないので何という様式かわかりませんが、マヤやアステカなどをちょっと連想してしまう(それとも仏教等日本のデザインのアレンジか?)石やレンガの精巧なオーナメントがあちこちに。照明も天井から壁ランプまで美しく、アールデコにアレンジされたぼんぼり(お雛様のあれです)型のランプも素晴らしい! 


上の写真は日光の東部ワールドスクエアーにある1/25の模型。大雑把でまるでハリウッド、本物とのギャップが悲しいですが、それでも平等院鳳凰堂から影響を受けたという旧ライト館が、いかに壮大だったかわかります。これを見た後、目をつぶって、建物全部をオリジナルの古色蒼然としたレンガで想像してみましょう・・・あぁ、もったいない・・全部瓦礫になって東京湾に埋め立てられたのか?それとも欧米でよくやるように、壊す前にパーツにして、一部でもオークションなどで救われたのでしょうか? 食器に至るまでライトがデザインしたので、フォークやスプーンでも装飾美術館級アイテムだったはず。アールデコのドアや引き出しの取っ手、鍵穴やお風呂の蛇口などほんの小さい部品だって惜しまれます・・・・無傷で残っていたら、帝国ホテルは今重要文化財ホテルとして、東京のヴェルサイユ宮殿になっていたかもしれない。高度成長期の真っただ中(1968年)で、何百年も前の建物ならまだしも、近代のものを保存する観念も余裕もなかったのですね。
なんとロイド館落成式が関東大震災の日だったそうで、それでも倒れず。火が迫ったけれど、ライトが周囲の猛反対を押し切って防火用に作った池から水をかけて火災も防げたとのこと。模型の池は安っぽいプールみたいなので、これは無視して古い写真の方を見てください。

***写真は㈱リネア建築企画さんサイト http://www.linea.co.jp/info/detail/?iid=457 より拝借しました、ありがとうございます。明治村とワールドスクエアーの写真が沢山あり、大変わかりやすく貴重な資料です。内装のディーテールが詳しく出ていますので、ご興味ある方はぜひこちらのサイトもご覧になってください***

結論: それだからこそ、今ある国民の遺産を守りましょう。署名運動Save the Okura!http://savetheokura.com/ !!
詳しくは1月1日のブログ御参照下さいhttp://kaleidoscope-design-paris.blogspot.fr/2015/01/blog-post_1.html

1/01/2015

ホテルオークラ/ 改装の名を借りた破壊について

Happy New Year
Bonne Année
あけましておめでとうございます

Save the Okura  http://savetheokura.com/

先日日本からの帰り、羽田空港の書店で手にした雑誌カーサ・ブルータスに、日本のモダニズム建築についての記事があり興味を持ち、買ってきました。忙しくてそのまま読まずに机の上に置きっぱなしだったのを、クリスマスの休日に読み始めてびっくり・・ホテルオークラが壊されるのですね! オークラの大ファンだというボッテガ・ベネタのアートディレクター、トーマス・マイヤーが、日本のモダニズム建築の最も美しい遺産であるオークラを救おうと力説し、また全国に残る重要なモダニズム建築をも紹介。建築写真家イワン・バーンの写した美しい写真や、ポール・スミスやマーガレット・ハウエルなど、オークラを愛し東京の常宿としている世界の著名人のコメントも・・


カーサ・ブルータス、美術家杉本博司(S)とTトーマス・マイヤー(T)の談話より抜粋:
S あなたはオークラの常連客なのですね?
T 大ファンなんです。
S ロビーのデザインは傑出していますからね。
T まったく。建築家の友人は皆、日本ではオークラにしか泊まりません。
S そのロビーの改装が発表されたのは2005年のことでした。
T とんでもない話です。
S 憤った私は日本の大手新聞に“オークラを守れ”という記事を書いたのですよ。
T 訳してもらって拝見しました。
S しかし今また改装するという。ニューズウイークの日本版で7月、フランス人の記者がコラムで改装反対を訴え、最後に“そこで今度は私から杉本氏にお願いしたい。いまこそ再び戦うべき時だ”とありました。
T それも読ませて頂きました。同じ思いを抱く人は世界中に沢山いるはずです。
S しかしホテルは決定を下した。デザイン的にさほど面白味のない別館は残して、肝心の本館を撤去するというのです。そうではなく、逆に別館を壊して新しいタワーを建て、本館を残すというやり方もあったはずです。
T 本館を引き立てるような、配慮の行き届いた建て物だって作れたでしょうに。
S 今のオークラは投資家の手に渡っていますから、どうしても利潤追求になる。デザインなど眼中にないのでしょう。これがグローバル資本主義です。
T 日本の人には切実な問題として受けとめてほしいのですが。
S 帝国ホテルも美しいホテルでした。
T フランク・ロイド・ライトの設計ですね。
S それすら壊しましたからね。早い段階で歴史的建造物の指定を受けるべきでした。今また同じことがオークラに起きているというわけです。オークラの創業者大倉喜七朗はかつて帝国ホテルの会長だったんです。そしてフランクLライトの帝国ホテルに匹敵するホテルを、晩年興したのです。その際“平家納経”模本を設計者の谷口吉郎に見せ、その雅を建築で表すよう依頼したそうです。12世紀の絵巻物です。華美過ぎない装飾、色彩の微妙なバランス、構成、そして職人技、この感覚をホテルで再現せよと。和のデザインは狭い空間に向いています。ロビーという広い場所で日本的な趣を出すとことは、なかなかできることではありません。
カーサ・ブルータスのトーマス・マイヤーのインタビューより抜粋:
オークラの魅力は? まずは建物そのもの。本館の外観は圧巻の一言に尽きます。そして内装やロビー。全体の色彩に驚嘆させられますし、テーブルの輝きや丸みを帯びた有機的なフォルム・・・また照明器具が美しいですし、障子を通して自然光が柔らかく差し込む様子も素晴らしい。オークラのロビーの雰囲気は、正に唯一無二といえるでしょう。
歴史的建造物の指定を受けていないと知って、日本の新聞や雑誌からインタヴューを受けるたび、最後に何か一言?との質問には、前後の脈絡もおかまいなしに“オークラのロビーを早く歴史的建造物にして下さい”と訴えていたのです。我々の後には次の世代が続くのだから、何とか残さねばならない。一度失えば、消えてしまいます。
NYのモーガンライブラリーの増築では、古い建物を保存しつつ、新しいガラス張りのビルをそこに足しました。同じ様に新旧のアンサンブルは可能だと思います。

以下はネットで見つけたオークラを惜しむ記事です。
ニューズウイーク日本版(仏人記者による東京ステーションホテルの改装についての痛烈なコメントも。改装後を見ていないのですが、これは本当なのでしょうか?)http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2014/07/post-866.php
ザ・ニューヨークタイムズ http://www.nytimes.com/2014/08/16/opinion/farewell-to-the-old-okura.html
フィナンシャルタイムズ http://www.ft.com/cms/s/2/27daaa30-f868-11e3-815f-00144feabdc0.html

今世界の先進国の都市では、エコロジーの波と共に古いモノをできる限り守ってゆこうとする運動が活発です。単にマーケッティングの面からだけでも、XX年創業や王室御用達といった伝統を売りとする店やブランドの人気は絶大なのですから、外のホテルが真似できない文化遺産の建築を誇るのは、資本家の利益重視の方針に逆行するどころか、大いに有利なはず。それをなぜ自ら捨て、どこにでもあるようなビルに改装するのでしょうか。建物の安全性?旧設備のリニューアル?拡張?現代のテクノロジーをもってすれば、旧建物をそっくり残したままでも全て解決できることでは? 
私はパリがベースな為、日本の世論やどんな反対運動が現在進行中か等、ネットで調べた範囲でしか実情がわかりません。オークラのファンの外国人は多いといっても数に限りがあり、このような問題はやはり自国の人が大勢動かないと達成できることではないと思います。署名運動Save the Okura http://savetheokura.com/ 

*** 記事はCasa Brutusカーサ・ブルータス2015年1月号“ニッポンが誇る名作モダニズム建築全リスト”より、写真はトーマス・マイヤーのブログhttp://tmagazine.blogs.nytimes.com/2014/12/12/tomas-maier-preserve-bottega-veneta-japanese-modernist-landmarks/?_r=0及びボッテガ・ベネタのサイトhttp://www.bottegaveneta.com/gb/collection/japan-s-modernism-architecture_grd16901より拝借しました、ありがとうございます ***