9/16/2018

ルコルビュジエの救世軍センター/ シテデュレフュージュ


Cité de refuge de Le Corbusier


ル・コルビュジエがパリで最初に建てたのは、なんと救世軍の貧民救助センター、Cité de refugeシテドゥレフュージでした。ル・コルビュジェの提唱した新しい住居に共鳴していたプリンセス・エドモン・ポリニヤック夫人(センター建設の出資者)が指名したもの。1933年に完成しました。
南面のファサードは元は前面約1000㎡のガラスで、冬は太陽の光を受けて暖房費の節約になりましたが、夏はル・コルビュジエの考案した空調が効果を上げず、1952年に太陽を遮るカラフルな日除けが付けられました。この改良工事もル・コルビュジエ自身が担当しているそうです。
ファサードのヴィヴィッド・カラーは入り口のポーチと壁にアレンジされ(トップの写真)、この建物のチャームポイントに。
"les briques de verre" (ガラスのレンガ)の入り口。壊れていたものは3Dのスキャンを使って複製したそうです。でもどれだけ元の建築通りに再現していても、これは美術館ではなく、立派に活動を続ける救済センターなのです。
ル・コルビュジエのランプ
ファサードはヴィヴィッドカラーでも、内部はグレイがかったスモーキーなパステルカラー。
ビジター用のモデルルームは、建設当時をイメージさせるためかレトロな演出。お母さんとベビーの個室。
これは入り口ホールにある、男性棟と女性棟用に左右に分かれた階段。ホールにはル・コルビュジエのカラフルなソファーがあるのに、写真撮り忘れました!
オリジナルは参考にした後も捨てずに、元門番小屋の中に飾ってありました。
Cité de refuge   12 Rue Cantagrel, 75013   https://www.armeedusalut.fr/etablissements/cdr

9/11/2018

ADインテリア/ ビュッシュリ館の修復


AD Intérieurs/ La renovation de l'Hôtel de la Bûcherie

ADインテリア誌が主催する著名デザイナーのインスタレーションが、ビュッシュリ館に展示されています。ビュッシュリ館は1475年頃に大学の医学部として建てられたそうですから、パリでも最も古い建物の一つ。16世紀にチャペル、講堂、もう一つの翼が加わり、18世紀に現在の形になり、もちろん今は国の歴史的建造物に指定されています。このような建物の修復はとても難しく(適当な素材使ったりスタイルを変えられないようになっているため)その複雑な手続き経て2016年にやっと許可が下り、現在修復中。

 
電気のコードがあちこちにぶら下がっている、まだむき出しの壁や床。
ADインテリアは敢えてこの荒れた館を舞台に展開され、豪華なインスタレーションが対照的に強いコントラストとなり、インパクトがあります。ブログトップと下の写真は Mathieu LehanneurのLe salon de méditation "瞑想のサロン" 。丸みを帯びたエルゴノミックな、癒されるフォルム。大きなぬいぐるみのテディーベアと共通の、包み込まれるようなほっこり暖かい優しい感覚!
 
下はBismut&Bismutの "Le salon de conversation "会話のサロン" 。シャープで流れるような美しい曲線で構成され、アシメトリーなサロン。写真ではよく見えませんが、壁が異素材を大胆に配した3Dで、しかも左右バラバラ。そのグラフィカルで大胆なラインを、フワリとセンシャルな手触りのマチエールが和らげ、私の一番好きだったサロンです。
by reinventer.paris

ビュッシュリ館完成後は、フランスでは初めての試み、慈善事業の振興を目的としたインキュベーター"フィランソロピー・ラボ" がオープンすることになっています。

Exposition AD Intérieurs   13 rue de la Bûcherie 5e  23日まで

8/25/2018

ドラクロワの庭/ パリのシークレットガーデンNo.3


Atelier Musée Delacroix/ un jardin secret à Paris No.3

これまでの2つの庭に比べてもう少し知名度が高いのが、ドラクロワの庭でしょうか。興味深い特別展を企画するなど、小さいというハンディがあるのに美術館側が頑張っているお陰かもしれません。ですからあまりシークレットと言えないけれど、やはり静かで落ち着く、私のとっておきの庭です。
上の写真の大ガラス窓の建物がアトリエ、右側のビル(の多分一部)が住居、外階段が2つの建物と庭を繋いでいます。サン・シュルピス教会の壁画製作(1854-61年)で疲れていたドラクロワが、サン・シュルピスのすぐ近くのこのアトリエに引っ越したのが1857年。それから亡くなる1863年まで、ここを隠遁所エルミタージュと呼んで愛したそうです。

沢山椅子やベンチがあるので、サンジェルマンデプレ散歩の合間にゆっくり休憩するのにぴったり。そんな人が何人か集まると、どこからともなく係の人が来て、お庭の説明を簡単にしてくれます。2012年に、残っていた領収書などの記録を元にして、ドラクロワ当時の庭に修復したそうです。春は花が咲いてもっと美しい。


芸術家の遺族が家やアトリエを国や都市に寄付して小美術館ができる例が多いのですが、ドラクロワの場合は、彼の死後70年してこのアトリエが壊される危機に瀕した時、モーリス・ドニを中心とするドラクロワを憧憬する画家、画商、愛好家が協力しあって保存し、1932年に美術館としてオープンしました。

ところで、サンシュルピス教会にドラクロワの大作が3点ある事は、案外知らない人もいるようです。その中の1つ、 "神殿から追い出されるヘリオドール" は、3人の天使と追われるヘリオドールの動きが、渦のように動きのある円を描く私の好きな作品。行列もなく簡単に入れるしもちろん入場無料、教会を入ってすぐ右手のチャペルにあり、ベンチに座ってゆっくり鑑賞できます。

Musée Delacroix  6 Rue de Furstenberg 6e  http://www.musee-delacroix.fr/en/
毎月第一日曜日が無料以外、残念ながらここは入場料が必要。ルーブル美術館とのツインチケットを買っておけば無料になります。

8/17/2018

バルザックの庭/ パリのシークレットガーデンNo.2


Maison de Balzac/ un jardin secret à Paris No.2

パリのシークレットガーデン2つめは、作家バルザックの家。
バルザックという人は生涯小説を書きまくり、借金しまくり、借金取りから逃れるために引っ越し魔で、1年ごとくらいに転々としたようです。このパッシーの家は彼の住んだ現存する唯一の家で、1840-47年の7年間いたのですから、彼としては最長記録だとか。

家と庭はエッフェル塔が見える丘の傾斜した土地にあり、Raynouard通りの入り口を入って1階分階段を下ります。ブログトップの写真はこのレヌアール通りから、上の写真は階段から撮りました。

バルザックの書斎、この机で人間喜劇を執筆しました。
1室には人間喜劇の挿絵の版木(銅板?)の展示。中学か高校の頃、初めてこの挿絵を見たのはウジェニー・グランデだったか従妹ベットか・・いかにも1800年代ぽく古風で、しかも登場人物達の、冷酷、狡猾、卑劣、傲慢、軟弱といった、人間の醜悪な性格を見事に描き、あまりにバルザックのお話の内容とぴったりしすぎてやりきれない気持ちにさせられました。今でもやっぱり好きになれない・・でもすごい描写力です。

本当はもっと花が咲き芝生も緑なのに、この暑さで庭全体カラカラ。あまりきれいな写真が撮れなかったのが残念。こんなに暑くなければ、椅子があちこちの木陰に置かれ、もっとゆっくしたいところ・・・ここも特別の展示がなければ入場無料です。

当時このあたりは田舎で、その頃の名残か、エッフェル塔の見えるテラスの壁に沿って、ずっとブドウが植えてあります。このテラスの下には、細い路地Berton通りがあり、バルザックの頃と変わらない田舎風の散歩道になっています。上のレヌアール通りからは1階建てに見えるこの家は、実は丘の傾斜に沿って下に2階分あり、隠し階段を使うと階下からこの小路に出られたそうで、借金取りから逃げるのに好都合だったとか・・


Maison de Balzac   47 Rue Raynouard 16e  http://www.maisondebalzac.paris.fr/en