9/04/2015

ギイ・リブ/ 偽絵師の自画像


Autoportrait d'un faussaire/ Le vrai du faux

エクスプレス誌にとても面白いインタビューが出ていました。2005年に捕まるまで、30年以上の間巨匠の偽作を描き続けたギイ・リブ(GR)のインタビューで、彼の人生は小説そのもの。最近 ″偽絵師の自画像″ という本が出版され、アメリカでは映画も撮影中だそうです。あまりにも面白かったので、ここに要約を紹介します。
(by L'Express)
芸術とは縁のない環境で、どうして絵に興味を持ったのですか?(注: 彼は売春宿で生まれた)
GR  そうね、家はどっちかというと絵筆より拳銃って方だったからね。だけど6才のころからもう、絵を描いてたんだよ。お袋のキモノの柄を描いてみたくなったのかも、今でもその柄覚えているよ。それともアールデコの宿の雰囲気のせいかな。とにかくずっと絵を描きたかったんだ。早くに親父に追い出されたけど、それでもなんとか絵を描き続けていたんだ。

絵の素質があったのですね。ではテクニックはどうやって習ったのですか?
GR 15才の時に、リヨンのシルクのアトリエの見習いになって、そこでモチーフを描いたり色使いを覚えた。そのころ夜は居酒屋のベンチで寝ていたからね、よく給仕女の顔をクロッキーしたもんだ。ある日男たちがやってきて、写真の老女の肖像を描けという。それってコルシカのゴッドファーザーの母親だったんだ。それからは彼らのキャバレーの壁に飾りの絵を描いたりしたよ。

それから水彩を描いたのですね?
GR うん、生活のためにカンヌの港で、海の水彩を描いて売っていたんだ。そうしたら商人たちから組もうと言われて、彼らの為にブルターニュの海の絵を沢山描いた。彼らも大儲けしたけど、僕も儲かった。これはほんのお遊びだったけど、おかげて、この世界にコネができたわけ。

水彩画家から偽絵師にはどうして?
GR 80年代にアンリ・ギヤールと知り合った。頭がよくて、親が有名な美術の印刷工場を持っていてね、ダリのリトグラフィーの抜き取りをしていた。彼に励まされて、僕は面白がってシャガールの水彩のマネをしてみた。始めはマズかったけど終いにはいいのが出来上がった。1枚、2枚、彼はそれをアート・エディターのレオン・アミエルと組んで売リ始めたんだ。

コピーを描いたのですか?
GR いや、実在しない絵を描いたんだ。ピカソ、シャガール、マチス・・みな20,30,50枚の、似たような絵を描いていたから、そこに1枚加えるのさ。テクニックはもちろんだけど、僕は画家が描いた年、月、ときには日付まで決めたし、描いたと思う場所や、彼の精神状態や使った画材の事なんかも調べて、時には何か月もかかったよ。

あなたの成功の秘密は何?
GR 画家の身になってみることさ。ピカソを描いていたときは、僕はピカソだったし、シャガールの時はシャガールと同じ考え方をした。彼らの気分を再現して、同じ筆運びをするために。古典もやった、フラゴナールやフランドル派とか・・でも顔料とか古びた色合いを研究しなきゃならないので大変だよ。1枚仕上がると、画材は全部始末したんだ。

長い間偽絵を描き続けて発見されなかったのは、どうしてでしょう?
GR アンリとレオンは本物のプロだった。絵が出来上がるとアンリが調べて、ダメだとすぐに始末してしまう、オシマイさ。いいと鑑定家に見せて鑑定証をもらい、販売ルートに乗る。彼らと組んでいた間は、1枚だって疑われなかった。偽物は本物になって、よく競売のカタログなんかに出ているのを見たもんだ。サツは300点見つけ出したけど(注: 禁固刑を逃れるために、GRは自分の偽作発掘に協力した)あれは氷山の一角さ。だけど僕の偽作は、画家達を裏切らなかったと思う。彼らをとことん理解して描いたんだから。蒐集家だって騙されたわけじゃない。好きな作品を鑑定証付きで買ってるんだ、みんな満足ってこと。

ではなぜ捕まったのですか?
GR アンリとレオンが死んでから、うまくいかなくなった。その後の奴らはバカばかりで、金儲けしか考えないから1日で描けと言ったりする。いつかバレると思ったけど、お金のある生活に慣れてしまってたからつい・・ でも捕まった時はホッとしたくらいだ。

どうして?
GR 悪党どもにうんざりしてたからな。奴等との商売はなんのときめきもなかった。印象派、キュービズム、シュールレアリスム・・・もう自分が誰だかわからなくなって、逮捕されてやっと自分に戻ることができた。

今は自分の名前で作品を発表していますね。
GR アブストラクションを描くんだけど、巨匠の影響を取り払うのが難しい。お客からダリやマチスのコピーの注文を受けることもあって、そんな本物の偽物には、ギイ・リブのサインを入れるんだ。偽絵師のイメージが強すぎてね、画商に自分の作品を見せに行くと、そっと、また偽絵を描かないかと誘われる事が多いよ。

映画の仕事はどうして始まったのですか?
GR 裁判の後、ジル・ブルドンから連絡があった。ルノワールのフィルムのためで、ルノワールと同じ手法で描かれた絵が必要だったんだ。280枚描いた。それから撮影では、ルノワール役のミッシェル・ブーケに筆の持ち方とか教えたし、ズームは僕の手が映された。最近ではジョン・トラボルタがドービル映画祭のついでに来て、午後中色々質問されたよ。次の偽絵師という映画のために。

何か後悔していることはありますか?
GR 全然ないね。30年間王様のように暮らしたし、本当の芸術だと自信を持てる作品を描いてきたんだ。ただ転落はキツかったけど。今そのつけを払っているからね。今やりたいことは1つだけ、自分の絵で生活することだ。まるで新しい身分証明をもらったみたいだよ。(以上エクスプレス誌より)

フランス語は、読んだだけでは日本語ほど語調がわからないので、YouTubeのヴィデオを参考に、彼の語り口を真似て訳してみました。本当は僕よりオレに近いかもしれません。
現在彼は、賃貸料が安い狭い屋根裏部屋で生活し、そこで元気に絵を描き続けています。偽物を売って豪華な生活をしていたのだから、彼は立派に泥棒です。でも憎めない・・逆にお金持ちのコレクショナーやスノッブな美術界をまんまと騙しおおせて、ちょっと痛快でもある。特に彼は根っからの絵描きで、絵が好きで好きでたまらない人であることに好感を覚えるインタビューでした。

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