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7/26/2021

ファルスタッフ/ エクスアンプロヴァンス音楽祭 No.2

Falstaff/ Festival d'Aix-en-Provence No.2

エクスアンプロヴァンス音楽祭の次のオペラはファルスタッフでした。ヴェルディのオペラ中で、ラ・トラヴィアータ等と比べると、上演されることがぐっと少ないオペラで、ずっと以前に一度見たきりの印象は、太った、エリザベス朝の重い衣装の歌手達の、ドタバタ喜劇という芳しくないものでした。

結論から書くと、今回のファルスタッフは、私の一番のお目当て、ファルスタッフ役のクリストファー・パーヴェスはトップ中のトップのパフォーマンス、バリー・コスキーの演出も控えめでいながら色使いとデザインが美しく印象的、外の歌手陣も文句のつけようが無い最高で、素晴らしいソワレでした。

   by Festival d'Aix-en Provence
幕開きの第一番目のガーター亭のシーン。ファルスタッフは料理しながら、それこそ舞台狭しと踊り、走り、歌いまくり、もうここで観客は釘付けに。ファルスタッフがエプロンの下に着ているのは、タンクトップだけ・・・ホントにそれだけ・・ということは、時々チラッと、ちょっぴり意味深ぽく後ろ向きになると、お尻がちらり、ちらり・・
なぜファルスタッフが料理しているか、なぜズボンをはいてないか、理由付けなど必要ない! ファルスタッフと従者達の掛け合いは、面白くて歌も最高、理屈無しに大喜びです。

   by Festival d'Aix-en Provence
パリー・コスキーの演出は、まるでリバティープリントのパッチワークの華やかさ。女性達の衣装がポイントカラーになって、ボンボンをまき散らした感じ、でも余計な物が置いてない広い舞台は、スッキリとシックです。特にアリス・フォードの赤とフシアのドレスが素晴らしい色の効果。アリス役のCarmen Giannattasioは、以前コンサートヴァージョンのマリア・ストゥアルダのエリザベッタ役でスゴイと思ったのですが、嫉妬し怒り狂う冷徹なイギリス女王とは打って変わって、今回は声も立ち居振る舞いも上品でコケティッシュな大人の女を演じ、大ファンになりました。
   by Festival d'Aix-en Provence
ラストの森の中の場面は、急に変わって全部ブラック。それまでのカラーとのコントラスト。

ヴェルディが生涯最後に作曲し、また彼の唯一の喜劇であるこのオペラは、みんなに吊るしあげられたファルスタッフの言葉で終わります。
『世の中みんなジョークさ、人間は道化なんだ』

ヘンデルのオラトリオ "サウル" / バリー・コスキーの演出

7/15/2021

フィガロの結婚/ エクス・アン・プロヴァンス音楽祭 No.1

 

Les Noces de Figaro/ Festival d'Aix-en-Provence

フランスは5-6月ずーっと、北3分の2は気温が上がらず大雨や洪水も度々、それなのに地中海側はカラカラ天気が続いていました。それで雨のパリを脱出して、太陽を求めてプロヴァンスに行こうと思い立ちました。でもどこへ? ちょっと閃いて、エクス・アン・プロヴァンス音楽祭の予約状況をチェックしてみたら、オォ! 安めの切符がまだ少し残っています。宿泊の方もリーズナブル価格のが見つかりました。Covidのせいで国外からのツーリストが少なく、直前にこんな奇跡的な事もあり得るのですね~! エックスの音楽祭は、新しく若々しい演出が多くて、一度見たいと思っていた念願が叶い、フィガロの結婚とファルスタッフ、2晩続けて楽しみました。上演はアルシュヴェシェ劇場(元大司教館の中庭)なので、屋外というのもCovid禍には好都合。

これが入り口前。ここにたどり着くには切符と所持品のセキュリティーチェック、PCR検査の陰性、又はワクチン2回終了、又は感染して完治した、のいずれかのCovid証明を見せてやっと入れるのです。開始は21:30からで、ゆっくり夕食してから来られるようにとの配慮でしょうね、プロヴァンスの夏の贅沢な時間の使い方・・・時計を見なかったのですが、フィガロのカーテンコールが終わったのは、多分夜中の1時くらい。


これが開幕前の舞台。序曲はこの状態で始まり、モーツアルトの時代風のコスチュームとコメディア・デル・アルテがミックスして、無言の俳優達がコミックな動作で、ベッドを中心に超スピードで動き回ります。序曲にぴったりマッチしたパントマイムか踊りのようで、これだけ独立してもとても楽しいパフォーマンス。このオープニングで、すっかり愉快な気分に。 
幕が上がると舞台は左に伯爵夫妻の寝室、右にサロン、その間にあるのが洗濯機やアイロン、汚れ物の袋などがある洗濯室と、3つの部分に区切られています。特にこの平凡な電化製品達が演出のキーポイントで、ケルビーノが中に入ったまま洗濯機が回りだしたりと、とてもコミック。演出は以前このブログで取り上げたアイーダの演出家ロッテ・ド・ベール。歌手達が若く、動きが早く、軽く、皆がはまり役のスタイルな事もあって、ちょっとドタバタが、紙一重でイヤミになりません。

            by Festival d'Aix-en Provence
全員、オペラ歌手はイコール素晴らしい俳優である事を証明する演技。あんなに動きながら、なにげなくモーツァルトのアリアを歌ってしまって、すごい!! 
演出のド・ベール嬢は、セクシーな観点からのフェミニズムをメインテーマに、地位を笠に着て好き放題に好色な伯爵、見捨てられた伯爵夫人、すっぱ抜きのスキャンダル #me too 風で、終始男性性器がやりすぎ気味に登場します。でもロッテ・ド・ベールのさじ加減が適切なのか、歌手の品格と演技力のおかげか、下品にならず、大笑いの場面もあったり・・・私の大好きな若手メゾソプラノ、ケルビーノ役のレア・デサンドル(写真上)は、歌も演技も最高。ちょっと同情してしまうくらい、セックス・ギャグを演じなくてはならないのに、かわいい !! 太った大歌手には不可能なパフォーマンスです。

   by Festival d'Aix-en Provence
   by Festival d'Aix-en Provence
ボーマルシェの原作には副題があって、La Folle Journée, ou le Mariage de Figaro 日本訳『狂おしき一日、又はフィガロの結婚』。この狂おしき、はちょっと古風過ぎて、例えば "狂った一日" くらいが適当な気がしますが、ロッテ・ド・ベールの演出は、文字通り狂った一日です。でも休憩後の後半は、私はいまいち。アイロンや洗濯機と同様、女性を意味するつもりらしい編み物(不満 !! )、ニットが登場し、最後は全員が編み物に専念するのです。これは説得力がないから笑えない、つまらない。写真の巨大な、二ットの木かお化けは、空気で膨らんでパフォーマンスとしては面白いのですが、演出家が何を言いたいか、残念ながら私にはよくわかりませんでした。

上は休憩の時に、舞台側から撮った写真。アルシュヴェシェ劇場に隣接のサンソーヴェール大聖堂の塔がちょっぴり見えました。

尚このフィガロは、嬉しい事にArte.tvで、2022年1月8日まで、好きなだけヴィデオで見ることができます。

関連ブログ : 観客のいないアイーダ

3/23/2021

観客なしのアイーダ

   photo by L'Opéra de Paris

Aida à l'Opéra de Paris sans spectateurs

コロナウィルスで閉まったままのオペラ座が、ヴェルディのアイーダを、ビデオを通じて実況で公開しました。
今シーズンのアイーダは、主役のソンドラ・ラドヴァノフスキーを筆頭に、ヨナス・カウフマン、エリナ・ガランチャ、リュドヴィク・テジエと、超の付くスター歌手が4人揃う待望のプログラム。しかしコロナのせいでとっくの昔に諦めていたもの。ガランチャが欠けて残念だった以外は全員集合で、オペラ座に行ったつもりで楽しむことができました。
演出は、ロッテ・ド・ベールというオランダの若い女性演出家の、パリ・デビューです。

まず私の好きだったのは、手描きの背景と幕。ジンバブエ出身の若い画家Virginia Chihotaヴァージニア・チホタの作品で、特にブログトップの写真が、広い舞台のバックにほの暗く印象的でした。

彼女の絵をもっと見たくてネットで探したところ、ロンドンのTiwani Contemporalyという、アフリカアート専門のギャラリーのサイトに、沢山の写真が出ていました。彼女のルーツのアフリカと、Whose am I? I Am not my own Whose child are you? A thorn in my flesh On madness, sanitation, antipsychiatry and resistance 等の作品のテーマからうかがわれるように、内面に色々な疑問や葛藤を持つアーティスト・・具体的にも比喩的にもダークな作品。ちょっとバスキアを思わせます。

 

 photo by L'Opéra de Paris

次に注目はマリオネット。ほぼ等身大で、黒灰色の溶岩のようなマチエールで作られ、関節を繋ぐ金属があらわに見えるのが、痛々しくもありアグレッシブでもあり。

この荒っぽい文楽風の人形は、奴隷=アイーダと父のエチオピア王アモナスロだけで、彼らの分身というより、人形の方が主役で、歌手はその後ろに、黒子のように見え隠れして歌います。そのためか彼らの衣装は人形遣いと同じ。

私のオペラ通の友人は、醜い人形が目障りだと、見るのを止めてしまったと後で聞きました。オペラで肝心の歌手が人形の陰になってしまうのは本末転倒ですけど、私はどちらかというと気に入りました。人形遣いたちが素晴らしく、特に父がアイーダをなじり、もう私の娘ではないと激怒する場面は、感情がうまく表現され圧巻。因みに父王の人形は片手と下半身がありません。戦いで敗れ、全てを失った王の象徴のようで、説得力がありました。

photo by L'Opéra de Paris
しかしラダメスが愛のアリアを歌うのは人形のアイーダが相手で、これはとても滑稽で笑ってしまった。ラストに彼と一緒に死ぬのも人形で、これも不自然だけれど、クライマックスで音楽も歌も素晴らしく、周囲に死体に見立てた人形のボディーが散らばっているので、まあまあ許容範囲。

ロッテ・ド・ベールはアイーダの演出のメインテーマに、西洋の植民地主義批判を織り込みました。そのためアイーダ=奴隷の敵のエジプト軍は、帝政期のフランス軍にスイッチされてしまいました。植民地から略奪した珍しい品を見ようと、美術館に集まる着飾った欧州のブルジョア達・・ショーケースに陳列されたアイーダの人形・・そして普通ならばエジプト軍の勝利の行進がある長いオーケストラの部分に、いくつものフランス絵画の活人画が展開されます。よくできていてとても面白い活人画だけれど、色々盛り込みすぎの感じも・・ 素晴らしい音楽と、歌手の力量をたっぷり楽しめるよう、全体にもう少しシンプルにしてくれたらよかったと思います。若いド・ベール嬢の今後の活躍を楽しみにしましょう !!
All photos by L'Opéra de Paris

10/14/2020

太陽王のバレー・オペラ≪ル・バレー・ロワイヤル・ドゥ・ラ・ニュイ≫

       photos by Théatre des Champs Elysées
Le Ballet royal de la nuit au Théatre des Champs Elysées

ル・バレー・ロワイヤル・ドゥ・ラ・ニュイは、1653年に上演されて以来ずっとお蔵入りしていたものを、2017年にバロックでは定評のあるノルマンディーのカーン劇場と、ヴェルサイユ宮殿のロイヤルオペラ劇場で再現され、大好評で現代に蘇りました。今秋はパリのシャンゼリゼ劇場での公演です。
1653年の Le ballet de la nuit 直訳すると≪夜のバレ―≫は、フロンドの乱の直後、15才の若いルイ14世の地位を確実にするために、宰相マザランが作らせたオペラで、政治的な意味合いがとても大きいイベントだったそうです。現代の私たちにとっては、バレーを政治の手段に使うなんて、なんと優雅な!!  まあテレビもツイッターも無かった時代なので、そういう事になるのでしょうね。


ではなぜ夜のバレーかというと、延々3時間以上続く夜/黒がベースのシーンが前座の役割を果たして、最後に太陽に扮したルイが登場し、闇を一掃して踊るシーンを際立たせるためなのです。このプロパガンダは大成功でしたね。それ以後太陽王と言えばルイ、が定着したのですから。因みにルイ14世は子供のころからダンスが好きで、宮廷人達のお世辞を割り引いても、事実上手だったようです。

   photos by Théatre des Champs Elysées
音楽はIssac de Bensarade、Antoine de Boësset、Jean de Cambefort、Louis Lambert の4人が担当し、加えてルイジ・ロッシのオルフェオと、フランセスコ・カヴァリの恋するヘラクレス2つのオペラの歌の一部、計45の長短とりまぜたシーンが展開します。初演はプロの歌手、ダンサーに加えて、登場人物は王家のメンバーが演じました。


350年以上隔たりのある現代版は、きっとバラバラになったり欠けていたのでしょう、セバスチャン・ドゥーセが丸4年情熱を注ぎこんでアレンジし直し、彼自身が指揮を担当。また出演者は歌手の外、数人のジャグラーと大勢のアクロバット達がダンサーとして登場しています。ですからダンスはアクロバット・ダンス。
 

男性がドレスを着るシーンがいくつもありました。高い櫓に乗って歌った "夜" の裾から文楽風の人形が出てきて、不思議な手の動きだけのダンスを、夜と全く同じくダブルで演じます(トップの写真参照)。夜のドレスの上半身は、かみしも(裃)からのインスピレーションに違いない‼ ルイ14世役のキモノ風の衣装など、日本文化の影響があちこちに・・黒子風のトリックで後ろから手を出し、まるで手が4本あるような、手だけのダンス場面も何度かありました。


お互いの肩に乗って垂直に3人立ち、その一番上の人が、あちらからこちらへと飛び移ったり、頂点から落ちるのを下で受け止めたり等々のアクロバットが特に後半激しくなり、高い所の嫌いな私はハラハラして、音楽に集中できず少々不満。実際にミスが1回あり、トップの人が落ちましたが、ミスした場合の訓練もしているのでしょう、仲間の助けもあり、優雅に落ちて優雅なポーズで着地し、舞台は少しも乱れず。しかしなぜオペラにアクロバットまで持ち込み、変わった演出にしなくてはならないのか、演出のエスカレートは限りがなく、私としては少々疑問なのですが・・・そう思ったのは私だけなのか、メディアは全部絶賛していました。確かにバロックの時代、オペラは高尚なものでなく、楽しむ余興だったので、魔女が空を飛んだり、怪物が飛び出したりと奇抜な仕掛けを好んだので、アクロバットもけっして突飛な発想ではないのです。


関連ブログ : 恋するヘラクレス、エルコーレ・アマンテ 

4/21/2020

ヘンデルのオラトリオ "サウル" /バリー・コスキーの演出


Oratorio de Haendel "Saül" avec mise en scène de Barrie Kosky

コロナウィルスが猛威をふるって劇場が全部クローズしてしまう前、ラストに見たオペラはシャトレ劇場1月の "サウル" でした。
オラトリオは普通コンサート形式なのですが、ドラマティックなストーリーがあるので、オペラ風な演出付きの公演もあります。今回のサウルもその一つ。しかも今ヨーロッパで一番引っ張りだこと言われるバリー・コスキーの演出で、イギリスのグラインドボーン音楽祭で2015年初演され、パリはこれが初演。

     by Théâtre du Châtelet
話には聞いていたけれど、正にその通り、コスキーの演出は幕が上がり一目見ただけで、ワーッと期待が湧く舞台です。上写真がファーストシーン。旧約聖書のサミュエル記、イスラエルの最初の王サウルの宮廷を、フランスのロココの宮廷に置き換え、色とりどりのサテンに身を包み、カツラを付け濃いお化粧の宮廷人達が、ゴリアテを倒したダビデを英雄として迎える場面から始まります。
舞台の真ん中にゴリアテの首がゴロンと置かれ、これに象徴されるような、奇妙な、または突飛で少々グロな演出。コスキーは "カメレオン" と呼ばれたり、"いったい素晴らしいと言うべきか、大嫌いだと言うべきか?" などと評されるのも、なるほどと思われます。

    by Théâtre du Châtelet
ダビデの勝利を素直に喜べないサウル。嫉妬心は際限なく膨らみ、王位を奪われるのではないかという恐れは、サウルを狂気に追い込みます。サウルの暗い心の動きに反して、ダビデを讃える蝶のようにヒラヒラと群がる宮廷人達の振る舞いは、お化粧の効果もあってエキセントリックで、どこか神経に触ります。平常に見える人はサウルの息子ヨナタン、娘のメラブとミカルのみ。英雄ダビデも、カウンタテナーの声と曖昧でホモセクシャルな行動が、やはり少々危ない感じ。それ以上やったらイヤミになる、悪趣味と紙一重というギリギリの辺りで漂う舞台。
後半はサウルの狂気の場面が長く、舞台は一転して白黒のモノトーン。サウル役クリストファー・パーヴェスはホントにすごい人で、迫真の演技。声も歌も大好きな歌手です。
                                     by Théâtre du Châtelet
最初の宮廷のシーンは、花やドレスで一見華やかそうに見えても、バックは黒一色、テーブルの上の花も白鳥も(昔白鳥は宴席のご馳走だった)ウソの飾り物っぽい。一方サウルの狂気の後半は、黒白だけのシンプルな舞台に変わります。体を掻きむしり、痴ほう症のようになるサウルは。少々やりすぎという気もしましたが、これもエキセントリック。
英語のせいか、シェークスピア劇、オセロの嫉妬、リヤ王の狂気、マクベスの葛藤等のイメージが浮かびました。
余りにも有名なレンブラントのサウルとダビデ。ダビデの琴に感動して涙をカーテンで拭うサウル。しかし彼のもう一方の目は泣かずに、どこか宙を見据えている。手にしているのは槍だそうで、彼の殺意の象徴でしょうか。弟子の作品ではという疑いが持たれて、何年もの研究の末、めでたく本物と判定が出たという曰く付きの、デンハーグ、マウリチウス美術館の宝物です。
シャトレ劇場は長い修復工事が終わり、昨年秋に再オープンしたばかりです。

Théâtre du Châtelet    2 Rue Edouard Colonne 2e 

ファルスタッフ/ エクスアンプロヴァンス音楽祭

11/20/2019

オペラ "恋するヘラクレス" エルコーレ・アマンテ


Mise en scène de Ercole Amante de Cavalli

オペラ "恋するヘラクレス" エルコーレ・アマンテ(以後エルコーレ)は、ルイ14世とスペイン王女マリ-テレ-ズ・ドートリッシュとの結婚祝賀の出し物として、マザランが、カヴァリに注文したオペラです。乗り気でなかったカヴァリをヴェネチアからパリに引き抜き、その祝賀の為に建てられたチュイルリー劇場で1662年に上演されました。劇場の建設が遅れて、結局結婚式の2年後の初演、太陽王自身がダンサーの一人として舞台に立った事でも知られています。

当時のイタリアオペラは、観客をあっと言わせる機械仕掛けの舞台装置が売り物でした。エルコーレもその例にもれず、当時のヨーロッパで最大と評された大掛かりな仕掛けで上演されたのですが、リュリーが下請けしたダンスは好評だったものの、本命の歌は機械のせいで音響が悪く、またイタリア語の歌詞は理解されず不評。傷心のカヴァリはイタリアに帰り、以後フランス宮廷はリュリーの独断場になり、素晴らしいフランス語のバロックオペラが沢山生まれますが、エルコーレは全く見捨てられていました。いつ頃再発見され、最近どのくらい上映されていたか資料が見つからなかったのですが、今回のオペラコミック座の公演が、完成度からも復活記念的な公演といえるかも。若手バロックのホープ、ラファエル・ピションの方針からか、ダンスは全部省かれ大喝采を浴び、遅ればせながらカヴァリの名誉挽回果たせり!と批評に出ていました。



これが幕開き一番最初の舞台。最近まれなファンタジーと遊び心一杯の美しいもので、太陽王のシンボルの大きな金色の太陽から光る光線の先に、コーラスの顔がお面のように現れ、月の女神と一緒に歌うシーン。これは面白そうな演出だとホッと安堵・・何しろ硬い椅子に座って3時間ですからね、最近のパンクの不良達や宇宙飛行士、はてや老人ホームに見立てた演出では辛いもの・・


これがラストのシーン。女神たちは空中を上下左右に、エルコーレの息子イーロは、空中の檻に捕えられ、そこから真っ逆さまに海に落ち、木や花が生え、波が打ち寄せ、海の怪物や船が横切り、水泳をするコーラス達が海にジャンプし、ギリシャの円柱が動き回り、舞台下からは地獄の怪物達が這い出して来る・・・



演出家はValérie LesortとChristian Hecq。このコンビは去年もオペラコミック座で大評判でしたから、今後要注目ですね。インタビューによると、ストーリーにロジックが無いので、歌詞に忠実に演出したそうです。例えば女神ジュノーは孔雀にまたがって来ると歌っているので、孔雀の乗り物を作ったり・・・彼らの底なしのイマジネーションには拍手喝采です。カヴァリは、ヘンデルやヴィヴァルディに行きつく前の、まだ少々型にはまったメロディーなので、時として舞台の動きが面白くて、音楽を聴く方がおろそかになったくらい! しかし歌い手達もみな素晴らかったです。



海に落ちたイーロはポセイドンのサブマリンに助けられ・・・
下はアヒルだったか・・鳥の飛行機を運転しながら歌う女神。彼女やジュノーなど3人の女神の額には、もう一つの顔がさかさまに付いていて、よく見るとやや不気味。
                          photos by Opéra comique, Concert Classic Com, La Croix com

2/07/2019

バンジャマン・ミルピエ/ L.A. ダンス・プロジェクト


Benjamin Millepied/ L.A.Danse Poject au TCE

ダンスはめったに見ない(というかそこまで見ている時間がない)、けれど一度は見たいものだと思っていた、かの有名なバンジャマン・ミルピエのL.A.Danse Pojectの公演に行ってきました。世界で注目される人というのは、やっぱり何かすごいマグネチックな物を持っているのですね、色々考えさせられました。
プログラムは
1)Homeward ヴァイオリン2、アルト1、チェロ1の電子音楽ライブ
2)Orpheus Highway  スティーブ・リーチの録音と、上記4人の電子音楽ライブ
3)Bach Studies part 2 バッハのオルガン録音とディヴィッド・ラングを電子ヴァイオリン1名でライブ
By L.A.Danse Poject

私はビデオを使う演出がキライです。安易に奇をてらい演出の貧しさをカバーするようで、オペラに関してはビデオ使いでいいと思った演出は記憶にありません。それで最初のHomewardが、チカチカと眩しい大画面のヴィデオの早送りで始まった時は一瞬ゾッとさせられましたが、ダンサーが登場すると画面は静止。ホッ! そしてこのダンサーが、ちょっぴり太めのかわいい人・・ダンサーなので普通の意味の太めではないけれど、クラッシックバレーのあの針金のように痩せたステレオタイプではないのです。で、このびっくりの2点は、結果的にとても気に入りました。ビデオは白黒の、6-70年代のピエール・スーラージュを、直線でなく幻覚的な曲線で描いたようなアブストラクト絵画が、とてもゆっくりと変わり、ダンサーのコスチュームも同じ黒白パターンのミニドレス。視覚に美しく、またこの最初のダンサーが素晴らし-くて、激しいダンスなのに、丸みのある体と相まってダイナミック且つセクシーでした。

Orpheus Highway はガラッと変わり、ジーンズやTシャツ(写真上)に、バックのビデオは荒れた砂漠、倉庫、工場、ハイウエー。同じダンサーたちのダンスが、同時又はズレて画面と舞台に展開され、オルフェウスとエウリディーチェの神話がウエストサイドストーリーなどの映画のイメージと交錯。私の好みではなかったけれど、ミルピエが全く新しいバレーに挑戦しているのがよくわかりますし、ダンサーの質の高さが光ります。



ラストBach Studiesは文句なく最高。荘重なパイプオルガンの録音と、ソロの電子ヴァイオリンで演奏される近代音楽を交互に、最後はバッハのパッサカリアで最高に盛り上がりフィナーレ。舞台は写真上のように装飾無しで、ライトやレールがむき出し。そして特に素晴らしかったのはアレッサンドロ・サルトリ・コレクションのブラック&ホワイトのコスチューム。男性のスカートがバッハと素晴らしくマッチして、特に写真下のオルフェウス役だったダンサーの、長い腕やスカートを翻して舞う動きは、白いコスチュームで強調され目を見張る美しさでした。

彼らが激しく動くと、長い金髪、チュニックやスカートのスリットが舞い上がり、全部がミックスすると白い嵐のように美しい。
ミルピエのダンスは新しく、しかし同時にクラッシックを否定していません。それが大きな魅力ではないかしら。彼自身クラッシックバレーのエトワールでしたし、どのダンサーもしっかりとクラッシックを勉強し習得した人ばかりと見受けました。それはまるでピカソが、その気になれば素晴らしいクラッシックな具象を描けるのに共通しているかもしれません。

3/27/2018

ブランクーシとエリック・サティ


Brancusi et Erick Satie

彫刻家ブランクーシと作曲者エリック・サティは親友だったのですね。ポンピドーセンターの常設展示室脇の、見逃してしまいそうな狭い通路ばかりを使った、L’œil écoute直訳すると ″聞く目″ という展示で知りました。"目で見る" だけでなく "目で聞く" くらい、20世紀初頭に画家、音楽家、ジャズ、ダンス、演劇、写真家達が交流し影響し合った例を紹介しています。
写真下はブランクーシのヴァイオリンと、彼のコレクションの世界の国々の民族音楽のレコード(写真はそのごく一部です)。ブランクーシは玄人はだしのヴァイオリニストで、作曲までして、その楽譜が残っています。

"親愛なるブランクーシ様、マルセル・デュシャンがあなたの御親切な土曜日の招待を伝えてくれました。喜んで伺いますが、よろしければあなたにお会いしたがっているエリック・サティを同行していいでしょうか。まだ彼の都合が付くかどうかわかりませんが・・・"  

写真下は、サティのジムノペディのためにブランクーシが作ったコスチュームを着てポーズするダンサー、リジカ。サティは天才の不運で生前は一般から認められず、極貧で亡くなり、ブランクーシが運動して葬儀や追悼コンサートが行われ、そのプログラムが残っています。

ところで、ポンピドーセンター前広場の片隅にあるアトリエ・ブランクーシは、意外に知られていないのではないかしら。ブランクーシに人気がないのか、3方を壁に囲まれた半地下の一見冴えない建物が見過ごされてしまうのか、ポンピドーの入り口に長蛇の列ができていても、ここはいつもシーンとした穴場、無料なのに。


旧アトリエ
ブランクーシは、少々パラノイアくらいに自分の作品と空間、作品と作品の相互関係を重視し、配置、方向、乗せる台などに固執したそうで、彼のアトリエ全体が一つの作品になっていました。1957年ブランク―シの死後、アトリエをそっくりそのまま再現するという条件で作品は国に残され、最終的にはレンゾー・ピアノ設計の今の建物に1997年(ポンピドーのオープニングと同時)に保存されています。遺志に従って、元のアトリエを再現し、すっぽりガラスで囲み、外の通路から鑑賞するのです。

            

L’œil écoute Centre Pompidou 4月16日まで